1937年3月…警察署の移転問題を解決へ
昭和12年3月。伊那町町会議員選挙で下平先生は推薦を受け、3位で初当選しました。
そして町会議員に就任して間もなく、伊那警察署の移転問題が持ち上がります。
警察署の改築にあたり、
・山寺区に移転するか
・現位置のままにするか
をめぐって、小沢川を境に町を二分する大論争となったのです。
小沢川の南の住人は、
「現位置(著書時点で、現在自治会館のある所)にそのまま改築しろ」と主張し、
小沢川の北の住民は、
「あんな狭い所へ警察署を改築しても将来どうしようもない。
それよりも山寺区のほうへもってこい」と訴えました。
町長に就任
この対立は前町長が辞職するほど激化し、その後任として下平先生が伊那町長に選ばれました。(当時は町会議員による選挙で町長が選ばれる制度でした)
新しい警察署の建設地については、川の北側・南側の町会議員がそれぞれ「下平町長なら自分たちに有利な場所を選ぶだろう」と考え、最終的な決定を先生に一任します。
しかし先生が選んだのは、山寺区でした。
先生はその理由について、
「将来、伊那町は市となり、周辺町村との合併も視野に入れなければならない。
さらに自動車時代になれば、現在地では警察行政は成り立たない」
と説明し、「町民全体の将来のため、この決定は変えない」と宣言しました。
この決定には、当時伊那町消防の組頭だった熊谷友一郎さんらが強く反対し、※1
自宅に放水される直前の事態にまで発展しましたが、それでも先生は決定を曲げず、
最終的に伊那警察署は山寺区に移設建築されることになりました。
先生の見通し
後年、先生は
「自動車の出入りその他で狭隘を感ずるようになっていますけれども、私の見通しはよく当たったと思っています」と振り返っています。※2
実際、現在の伊那市は自動車社会となっており、約100年前に町の将来を見据えていた先生の先見性には驚かされます。
※1…熊谷友一郎について
熊谷友一郎(くまがいともいちろう)さんは、伊那町出身の政治家です。
現在の松本深志高校を卒業後、2年間小学校教員として務めたのち渡米し、コロンビア大学を卒業しました。
帰国後は荒井区長、伊那町消防組頭・農地委員、そして町会議員などを歴任し、昭和24年(1949年)には伊那町長に就任しています。
↑この、”伊那町消防の組頭”時代に、
警察署移転問題の際に下平先生の自宅へ消防ポンプを持って向かわれたのでしょ
熊谷さんは明治30年生まれなので、下平先生より3つ年下ということになります。
なお熊谷さんは、その後町村合併後の初代伊那市長も務められました。
山寺に移転する前の伊那警察署の位置について(検証途中)
1954年(昭和29年)7月1日に、
下平先生の決議によって伊那市山寺区に設置された伊那警察署ですが、
実はその後の1977年(昭和52年)に、現在の中央区へと再度移転しています。
では、山寺に移転する前の警察署の位置は、
現在のどこだったのでしょう?
こちらも気になったので、5日間かけて調べてみたのですが……
結論から言うと、結局はっきりしたことはわかりませんでした(~_~;)
しかし、現在の場所に移る前は山寺にあったことは事実のようです。
以下、調べた時の流れです。↓
まずは、あの時移転先を巡って住民が二分した小沢川という川を探してみました。
小沢川は天竜川へ注ぐ川で、周辺に通り町が形成され、現在は飲食店や病院、郵便局などが軒を連ねています。
そしてこの小沢川を真横にして見てみると
上側が山寺区、そして下側が荒井区・西町区などになります。
つまりは移転前の警察署は、川南であるこのあたりにあったことになります。
そしてここで、前章でお馴染み「高遠ぶらり制作委員会」さんの『伊那街市街地図』にて、それらしい位置で警察署を探してみたのですが……
ない!

逆に、下平先生によって後から移転されたはずの山寺地区(地図では山本町?)に、
警察署を表す地図記号「×」がありました。(青丸)

移転前である川南とは真逆の位置ですが、この場所を現在の位置に照らし合わせると、
緑丸の伊那国民学校は、現在の伊那小学校、
そして青丸をした警察署らしきものは、現在では「山寺駐車場」という広めの有料駐車場になっていました。
……あれ?おかしい。
伊那街市街地図は、昭和18年3月に発行されたものです。
山寺に警察署が移転したのは昭和29年のことなので、これでは著書と辻褄が合わなくなってしまいます。元々山寺には、大きな警察署があったのだろうか?……
とにかく、小沢川の南で警察署を探さねば。
一旦視点を切り替えて、今度は建物の変遷等で警察署を探してみることにします。
下平先生は、移転前の警察署の位置を著書で
・「現在の地方事務所の前にあつた…」
・「小沢川の南の住人は、現位置(現在自治会館のある所)にそのまま…」
と記述していました。
そこで今度は、この記述を手がかりに、
小沢川南側にあったと思われる“地方事務所”を探してみることにしました。
まず、“自治会館”では、ネットではそれらしい情報がヒットしませんでした。
次に、地方事務所……これは上伊那地方事務所のことでしょうか?
上伊那地方事務所は、2017年に上伊那地域振興局に改組されました。
こちらは現在の合同庁舎の中にあります。

そしてこの合同庁舎、昭和18年の発行『伊那町市街地図』では
「郡聯合事務所」となっておりました。(水色丸)
そして道路向かいには、小さいですが警察署を示す×印が!(赤丸)
となると、先生の「現在の地方事務所の前にあつた…」という記述は、もしかしたら
昭和18年時点で“郡聯合事務所”、
現在は伊那合同庁舎となっている場所の向かいにあった赤丸のこの小さな警察署のことを指していたのではないか、と考えました。
しかしここで、1951年〜52年(昭和26年〜27年)の地図データをお持ちの『今昔マップon the web』さんでも調べてみたところ、
この時は山寺に警察署の記号は見つからず、
しかし川南の合同庁舎向かいの警察署は残っていました。

↓ちなみにこちらは、1911年時点の地図。(『今昔マップon the web』さんより)

1911年時点の地図では、山寺にも青木町にも警察署らしきものは見当たりませんでした。
一旦、時系列で整理をすると、
・1911年(明治44年)、警察署見当たらない。
・1943年(昭和18年)3月発行の『伊那街市街地図』では、山寺と青木町に警察署あり。
・1951年〜52年(昭和26年〜27年)の『今昔マップ』では、山寺の警察署は消え、青木町の警察署は残っていた。
・1954年、現在の警察組織警察法が改正。
1954年(昭和29年)7月1日、川の南にあった警察署が山寺に移転。
・1977年(昭和52年)、警察署が山寺から現在の中央へ移転。
山寺にあった大きな警察署が一旦消え、青木町の交番サイズのものと統合していたのでしょうか?
こちらについては、今後『伊那市史』や古地図などを使って引き続き検証してみたいと思います。
そして2023年のニュース記事によると、現在の伊那警察署でも建て替えが検討されているようです。郷土史を勉強していると、こういうところで諸行無常を感じます……