見宗寺…有賀中将の墓所

見宗寺(けんそうじ)は平出にある浄土宗のご寺院で、
創建は1558年頃、戦国時代まで遡るとされています。ご本尊は阿弥陀如来様です。
このご寺院には、有賀幸作海軍中将をはじめ、多くの軍人関係者のお墓があります。
アクセスと歴史
アクセス方法ですが、辰野駅方面から来た場合は、「平出」交差点で右折後、
左側に見える石門に左折して入ります。
石門のすぐ隣には、「日の出健友会」という整体院さんがありますので、目印に!

石門をくぐると、見宗寺の表門が正面に見えてきます。
敷地内には10台以上分の駐車場もあります。
見宗寺の表門である楼門(山門)は、辰野町の有形文化財に指定されており、
こちらは1719年、辰野町平出地区出身の大工・平泉伝左衛門によって、建仁寺流建築として建立されたそうです。
なお、楼門とは二階建てで、一階部分に屋根(下屋)を持たない門の総称とのことです。
建仁寺流建築は、中国(宋)から伝わった様式をルーツとする、日本の伝統的な建築流派です。

しかし見宗寺の楼門は、一般的な山門とは異なり、
一階から二階を貫いて支える通し柱が存在しないという珍しい構造になっています。

そして二階部分にはかつて梵鐘があったそうですが、
1942年の金属回収令(当時の強制供出)によって失われてしまったとのことです。
このような神社仏閣は、全国的にも多かったようです。

境内はとても綺麗に整備されており、立派な鐘楼や石碑、本堂を見て回っているだけでも、清々しい空気に心が満たされます。


本堂左奥の小道を進むと墓地があります。
有賀中将のお墓は、ご親族を囲うように静かに佇んでいました。


お隣には奥様のお名前も刻まれています。
有賀中将は生前に、父、そして3人の兄妹を亡くされています。
そして奥様は、有賀中将が散華された約40年後に亡くなられたようです。
どうか天国では、家族みんなで幸せに過ごしていてほしいと願いました。
そして、見宗寺さんのお墓には、
航空隊に所属し不慮の事故で亡くなられた方、
そして第二次世界大戦において、補給路を断たれたことで、約5,200名もの兵士が、
戦死ではなく餓死・病死により命を落とした「メレヨン島の悲劇」で亡くなられた方など、多くの軍人や関係者のお墓もありました。
同じ郷土から、これほど多くの方々が出征され、若くして命を落とされたことを目の当たりにすると……ただ歴史を学ぶよりも胸に切なく、深く考えさせられるものがあります。
区画へ立ち入るのは控え、少し離れた場所から静かに手を合わせさせていただきました。
山門や境内もとても美しく、心が落ち着く素敵なお寺です。
またぜひ伺いたいと思いました。

※なお、見宗寺さんにある有賀中将のお墓は、現在もご遺族・ご親族と同じ区画にある個人墓です。訪問される際は静かにお参りするなど、ご配慮をお願いいたします。
続いては、戦艦『大和』と有賀中将を讃えるレリーフが佇む神社・法性神社についてご紹介いたします。
(2026/7/25現在、法性神社の境内を撮影できていないので、歴史とレリーフのみのご紹介となります。
機会を設けて、後日境内のお写真を追記します💦)