戦艦大和の最後の艦長・有賀幸作 ― 法性神社と見宗寺【長野県・辰野町】

法性神社…『大和』と有賀中将のレリーフが佇む神社

ほっしょうと読みます。
こちらも平出にある神社で、私が訪れた日は地元の子供たちの遊び場となっていました。

ちなみに平出地区は、現在こそ辰野町の一部ですが、1955年の辰野町大合併までは、
赤羽・沢底・樋口・平出の4つの村からなる「朝日村」という独立した村でした。

神社には、下り坂に斜めに停める形の駐車場が5台ほどあります。
青々とした木々に囲まれた、自然豊かな住宅街の一角に佇む神社です。

こちらは昭和42年、有賀中将の母校である朝日尋常小学校や諏訪中学校(現在の諏訪清陵高等学校)、さらに海軍兵学校時代の同期生らの有志が、
全国から寄せられた篤志をもとに建立した記念碑なのだそうです。

さらに、この「戦艦大和最期の日」のレリーフは、有賀中将の幼なじみでもあり、
坊ノ岬沖海戦をともに戦った古村啓蔵海軍少将の証言をもとに制作されました。

原画を手がけたのは辰野町樋口出身の洋画家・中川紀元、
そして彫刻を担当したのは辰野町赤羽出身の彫刻家・瀬戸団治です。

有賀中将を慕う全国の人々の想いが集まり、それを故郷の人々が形にした記念碑。
そんな縁が今もこの地に残っていることを、とても嬉しく思いました。

 

――”国に捧げた君たちの尊いいのちよ

とこしえに世界平和のいしづえたれと祈る”

 

戦後、多くの旧海軍艦艇の名が、海上自衛隊の護衛艦へ受け継がれましたが、
『やまと』の名は現在も使われていません。

もし将来その名が受け継がれる日が来るなら、
今度は平和を守る艦として、かつての犠牲と教訓と、
そして英霊の大和魂を忘れない象徴であってほしいと願います。

国の命運を背負い、そして戦艦『大和』と運命を共にされた有賀幸作海軍中将に静かに手を合わせ、ご冥福をお祈りしました。

  

(蛇足…)

以下のノートでは、映画『雪風 YUKIKAZE』の感想レビューを綴っています。
『雪風』とは、坊ノ岬沖海戦で『大和』とともに戦い、唯一生き残った駆逐艦です。
なお、有賀中将の幼なじみである古村啓蔵少将は、この『雪風』によって救助されています。

映画評論家でもない私が、偉そうなことをしていますが、
こちらもよろしければ読んでいただけると幸いです。

『大和』が挑んだ、一億総特攻の魁。
その様子を鮮明に描いた、素晴らしい作品です。

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