越えても越えても峠あり ― 下平肭四先生の生涯【個人研究】
下平肭四とは、長野県上伊那郡箕輪町で生まれ、小学校教員として勤めた後、叔父の製糸工場を継ぎ、その後は数々の会社の設立や継承に携わり、伊那谷の土地開発や地域発展にも尽力するなど、非常に多くの功績を残された人物です。 私が下…
歴史と映画と、小説と、ときどき行政書士。
下平肭四とは、長野県上伊那郡箕輪町で生まれ、小学校教員として勤めた後、叔父の製糸工場を継ぎ、その後は数々の会社の設立や継承に携わり、伊那谷の土地開発や地域発展にも尽力するなど、非常に多くの功績を残された人物です。 私が下…
※本記事は著書『超えても超えても峠あり』の内容のみをもとに執筆しています。 下平肭四のプロフィール 下平肭四先生は明治27年(1894年)7月5日、日清戦争のさなか、上伊那郡南箕輪村字御子柴に生まれました。 先生は、大正…
伊那市街地を一望できる高台に位置する春日城跡公園には、かつて豪族・伊那部大和守重慶によって築かれた春日城がありました。 この城は、天正10年(1582年)の甲州征伐の際、織田信長の嫡男・織田信忠の軍勢によって攻められ、放…
私の数少ない趣味の一つに、忠魂碑や軍馬慰霊碑などの戦争石碑を巡る、というものがあります。 忠魂碑(ちゅうこんひ)とは、戦没した軍人・軍属を慰霊し、その功績を顕彰するため、それぞれの地域に建立された石碑で、実は日本各地に建…
軍馬慰霊碑とは、戦時中に軍へ徴発され、輸送や騎乗などに従事した馬たちを慰霊する石碑です。 今回訪れたのは、松本市の今井小学校と塩尻市広丘の歌碑公園に建立されている軍馬慰霊碑ですが、このような碑は靖国神社をはじめ全国各地に…