
本日は、以前から行ってみたいと思っていた『帰還者たちの記憶ミュージアム』へようやく行くことができたので、その記録を綴ろうと思います!
『帰還者たちの記憶ミュージアム』は、『平和祈念展示資料館』とも呼ばれ、
総務省の委託を受けて運営されている資料館です。
場所は東京都新宿区の新宿住友ビル33階。なんと入館は無料です!
開館時間は9:30〜17:30(最終入館は17:00)
ビル内にはエレベーターがいくつかありますが、資料館のある33階に止まるものと、通過してしまうものがあるのでご注意ください!
展示内容は主に、戦後シベリアへ抑留された人々の歴史についてで、
入営から抑留、そして引き揚げに至るまでの様子が、
本物の資料や忠実に再現されたレプリカ、等身大のジオラマなどによって、時系列に沿って展示されています。
館内には約23,000点もの資料が所蔵されており、
そのうち約400点が常設展示されています。
館内の様子
この日は、受付の方や警備員さんがとても丁寧に出迎えてくださいました(*´ω`*)
『帰還者たちのミュージアム』の展示は、大きく分けると
・兵士コーナー
・戦後強制抑留コーナー
・海外からの引揚げコーナー
の3つ構成されており、
時系列に沿って壁面資料や実物の資料・道具などが数多く展示されていました。
展示物は、写真撮影が可能なものと、撮影禁止のものが細かく区分されています。
おそらく、レプリカだけでなく実物資料が数多く寄贈・展示されているため、
実在した方のお写真やお名前、住所など、個人情報が記載されている資料も少なくないからではないかと思われます。
撮影したい展示物のすぐ隣が撮影禁止だったり、何より展示に夢中になってしまったりして、館内の写真はほとんど撮っていません……(^_^;)
そのため今回は、『帰還者たちの記憶ミュージアム』公式サイト内にある
「見よう!知ろう!バーチャル資料館」のスクリーンショットをお借りしながら、
実際に見学して感じたことを綴っていきたいと思います!
(↑この機能、とても楽しいのでぜひ見てみてください!)
兵士のコーナー
受付を通り抜けると、左右に道が分かれています。
展示は右側からスタートです。
まず最初は「兵士コーナー」。
赤紙が届き、入営が決まった”父親”の姿が、等身大の人形で再現されています。


送り出す家族も、きっと胸が張り裂ける思いだったのでしょう。
それでも当時は、悲しみを表に出すことすら許されない時代でした。

隣には、千人針や千人力の日の丸、弾除け祈願のチョッキなども展示されています。
千人針は女性たちが、千人力の日の丸は男性たちが作り、
戦地へ向かう兵士たちの無事を願って持たせたそうです。

角を曲がると、今度は当時の陸軍・海軍が実際に着用していた軍服が展示されています。
軍服に使われている素材の変化や、兵力概数を示した資料から、
戦況が次第に悪化していった当時の様子がひしひしと伝わってくるコーナーでした。
戦後強制抑留のコーナー
次は、戦後強制抑留のコーナーです。
『帰還者たちの記憶ミュージアム』の中でも最も広く、展示資料も多いため、
特に力を入れている展示コーナーなのだと思います。
まず目に飛び込んできたのは、ハバロフスク・フルムリにあった収容所(第217分所)の大型模型です。

抑留者の証言をもとに再現されたものとのことですが、
その精巧な作りに驚くと同時に、ここまで細部まで再現できるほど、
当時の記憶が抑留者の方々の心に深く刻まれていたのだと感じさせられました。
ちなみに「バーチャル資料館」では、このラーゲリ(収容所)に入ることができます…!
こんな感じ……↓


MacBookでは、建物内に入ると別タブになるのですが、
それに気づかず外に出られなくなり、心臓がキュッとなって怖くなりました…(^^;;
建物のタブを消すと、建物に入る前のタブに戻りますよ。
内部も、とても精密に作られています。



胸が締め付けられました。
また、抑留にはドイツ兵もおり、日本人がコップの作り方を教わるなど、
過酷な状況下でも国を超えた交流があったことを知りました。

特に飯ごうは、容量に合わせて食料が分配されるため、少しでも容量を増やすため、
みんな中身を叩いて引き伸ばしていたそうです。

ちなみにシベリアは、真冬はマイナス50℃を下回りますが、逆に夏は30℃近くに達します。
右側の展示に袖がないのは、パンと引き換えに両袖を交換したからなのだそうです。

こちらも等身大人形による大型ジオラマとなっています。ちなみに、動きます!

海外からの引揚げコーナー

終戦を海外で迎え、過酷な日々を過ごしたのは、兵士だけではありません。
国の政策として行われた満蒙開拓移民によって大陸へ渡った人々も、
その後のソ連軍による満州侵攻と中国の武装集団の中で、逃避行を余儀なくされ、多くの命が失われました。


家族そろって帰国できた人々は笑顔を浮かべていますが、その一方で、
片隅には胸に白い布で包まれた箱――おそらく遺骨と思われるものを抱え、
静かにうつむく女性の姿もあります。
船内には、男性の姿が見当たりません。
満州では、多くの男性が徴兵され、残された女性や子どもたちは、
ソ連軍や現地武装勢力から逃れながら引き揚げなければなりませんでした。
そして徴兵された男性の多くは、その後シベリアなどへ抑留されたため、
引揚げ船で家族全員が再会できた例は決して多くはなかったのでしょう。
満蒙開拓のため多くの日本人が大陸へ渡りましたが、残念ながら、現地の中国人に対して高圧的な態度を取ったり、差別を行った日本人がいたことも事実です。
一方で、現地の人々と信頼関係を築き、互いに助け合いながら暮らしていた日本人もいました。
そのような中国人の中には、ソ連軍の侵攻が始まると、日本人から託された子どもを命がけで匿い、守ってくださった方々もいます。
戦争というと、どうしても国と国との対立や善悪だけで語られがちです。
しかし史実をさらに深く見ていくと、その中には国境を越えた人と人との絆や、助け合いも確かに存在していました。
私は、そのような事実に出会う瞬間が、歴史を学ぶ中で最も尊い時間だと感じています。

また、戦時中に駆逐艦として奮闘した奇跡の幸運艦・雪風も、
高砂丸と同様に引揚げ船としてアジア各地を駆け回りました。
雪風は昨年、映画にもなりましたね!感想レビューを綴っているので、こちらのノートもよろしければ…!→「映画『雪風 YUKIKAZE』感想綴」
常設展示としては、「海外からの引揚げコーナー」で終了ですが、
その先のスペースでは、定期的に違うテーマで企画展が行われています。
また、語り部の方による講演やビデオ上映会なども毎月開催されているようで、
私が伺った日はシベリア抑留を支えた犬・クロのお話と色塗りイベントが行われていました。
体験コーナー
館内の展示物は、そのほとんどが手を触れることはできませんが、
こちらの最後のコーナーにある展示物は、すべて実際に触れることができ、
写真撮影も可能です!

画像左にあるリュックサックは、当時の日本兵が背負っていたものを再現したものです。その重さは約10kg。さらに水筒や銃などを加えると、総重量は30kg以上になります。
現在の自衛隊の通常訓練と同程度になりますが、
戦争末期には十分な訓練を受けていない民間人も動員されていたため、
彼らにとっては非常に過酷だったのではないかと感じました。
ちなみに写真右側の棚には、シベリアに抑留されていた人々が使っていたスプーンや飯ごうのレプリカが飾られており、こちらも手に取ることができます。

館内を一周すると、また受付のある出入り口に戻ります。
最後の通路には、閲覧可能な資料約2,000点が所蔵された図書スペースやパソコンコーナーも設けられていました。
ここは出入り口の左側にあたり、
気軽に立ち寄って歴史学習や調べものが出来る雰囲気も良かったです。
感想
展示内容は非常に充実しており、どれも記憶に残るクオリティの高い資料ばかりでした。
壁面の解説も読みやすく、一方の視点に偏りすぎない中立的で誠実な内容だと感じました。
私はすべての展示を見たあと、気になった場所を何度か見返したり、
資料をじっくり読み込んだりしていたため、観覧時間はおよそ2時間半ほどだったと思います。
この日一番印象に残ったのは、レプリカではない実物の資料に刻まれた、一人一人のお名前を目にしたことでした。
展示物の多くは、ご本人やご遺族の方々から寄贈された「本物」の資料です。
「戦争を経験した人が、この名前で、あの日々を実際に生きていたのだ。」
その揺るぎない事実が、戦争という出来事を漠然としか捉えられていなかった私を、
一気に史実の中へ引き込んだように感じました。
非常に素晴らしい展示施設です。
あと、スタッフの方々がとっても親切でした!
一緒に入館していた家族がどこにいるのかわからなくなった時、警備員さんが丁寧に案内してくださいました(о´∀`о)💦
これだけ充実した展示内容にもかかわらず入館は無料で、「本当に無料でいいの……!?」と思ってしまうほどです。
だからこそ、多くの人が気軽に歴史へ触れられる、とても貴重な場所なのだと思いました。

さらに、日本各地の公民館などで定期的に館外展示も開催されているそうです。
史実を正しく知る機会を、国がこれほど大切にしていることを知り、
とてもありがたく感じました。( ; ; )
『帰還者たちの記憶ミュージアム』には、このノートでは紹介しきれなかった展示物や魅力が、まだまだたくさんあります。
日本は第二次世界大戦の終結以来、
一度も戦争を経験しないまま、戦後81年を迎えました。
しかし、この平和は決して当たり前のものではありません。
一人一人が、ほんの少しでもいい。
あの時代に何が起こっていたのかを知ること。
戦争がもたらす悲しさを知る人は、きっと戦争を望まない。
私は、そう信じています。
そして、その思いが日本だけでなく、世界中へ少しずつ広がっていくことを願っています。